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A型の工夫改良の才を称賛する


あるとき友人に、安くて美味しい焼き鳥屋さんを教えてもらいました。場所は東京新橋。今も昔ながらの小料理屋が立ち並ぶこの街は、サラリーマンたちが会社帰りに息抜きするにはちょうど良いところです。その店も、カウンターと椅子席を合わせても十数名しか座れないこじんまりした店で、女性客はほとんど見当たらず、ビール片手に数本の焼き鳥をつまみにしながら、中年男性たちが持論を主張したり、愚痴を言ったり、昔からずっとあるような、駅周辺の夕方の賑わいです。


店はご夫婦で切盛りしており、ご主人がA型、奥様がO型でした。カウンター越しにご主人が、黙々と、かといって決して無愛想ではなく、穏やかな表情で料理をこしらえ、そして明るい笑顔の、ちょっとポッチャリな奥様が、快活そうに料理を運び、まるで絵に描いたような、夫唱婦随の「A-O」カップルです。


そんなご夫婦の温かいおもてなしもさることながら、私がひどく感心したのは、A型ご主人の料理に対する姿勢です。その道のプロに言わせれば、焼き鳥と言えど奥が深いのだとのことですが、とはいえ、やはり焼き鳥は焼き鳥…。どこの店も、串の種類はだいたい決まったようなものです。ところがこちらのお店では、海苔を巻いたり、海老を詰め込んだり、ミンチにしたり、味付けをしたりと、とにかくいろんな変わり種が出てきます。


これには、「さすがはA型さん!」と、舌を鳴らしながら、血液型目線で称賛を送りたくなったのです。

A型の最も際立つ才をひとつあげろと言われれば、迷うことなく『工夫改良の才』だと答えます。


それは、今あるものを、更に使いやすく、更に便利に、更に美味しく、更に美しく...と、工夫したり、改良したりする、その飽くなき向上心でもあります。またそれは、お客さんにもっと美味しいものを食べてもらいたい、喜んでもらいたいという、A型流サービス精神とも連動します。


とにかく小料理屋を営んでいるA型店主には、そういうタイプが実に多いらしのです。京都は、血液型保育を実践してくださった寺の和尚がいらっしゃるのですが、京の街を食べ歩いたその和尚が、しみじみ言っていたことがあります。

「A型の店主は、よう工夫しはってなあ、毎回行くたびに、新しい料理を出しはるんよ~、えらい感心やなあ」


そうは言っても、ここはオジサンたちの憩いの街、新橋ですよ。オトコたちが、うさ晴らしの雑談と酔い心地を求めて「ちょっと一杯」のために寄ってるだけの、そういう、ホコリ臭い街角ですよ。A型ご主人の気の利いた、このように繊細な工夫とか、サービス精神なんてゆうもんが、粗雑なオトコどもに、ちゃんと伝わるのかしら?な~んて、冷やかな考えが、一瞬、私の頭をよぎりました。


ところがそれは、私の、合理的過ぎるAB型的見方なのか、あるいはいかにも女性的な勘ぐりなのか、いずれにしても、少々浅はかな考えだったと、すぐさま思い直しました。


どうやら日本の男性たちというのは、観てないようで観ていて、気にしてないようで気にしている。そんなナイーブさを持ち合わせているようでして、女たちのように、お世辞を並べ立てて騒いだりしないだけなのかもしれません。だからこの店は、商店街のはずれの目立たない場所にも関わらず、いつ訪れても、夕方7時を過ぎた頃には、瞬く間に満席になるのです。


この賑わいこそが、A型ご主人の努力に、お客たちが無言で称賛しているという、何よりの証なのでしょう。作る側にも食べる側にも、A型的な”粋な心”がある、とでもいいましょうか。


まあとにかく、日本が、世界一の技術力と品質の高さを誇れるのには、実は日本人に多いA型さんたちの、こうした『工夫改良』に込める真心が、貢献しているだろうと考えているのです。


しかし近頃は、そうした日本が誇れる技術力が、少々衰え気味であるという噂を、チラホラ聞いております。コロナ禍を終えて社会の仕組みが変わりつつある昨今。今こそ、A型さんの『工夫改良の才』を活かすときです。私の小さな声じゃ、なかなか届きそうにありませんが、それでもエールを送りつづけたいと思っております。

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