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「占い師にAB型が多い」という噂アリ



血液型と性格行動の研究を、"占い" と誤解している人がいます。まあ、研究者以外の人々からすれば、「そんなもん、どっちでもいいじゃん」というところでしょうが、我々としては、あまり曖昧にしてほしくないのです。


占いというのは、あくまでも、まだ起こっていない”未来”について予知することを指すわけで、例えば占星術などは、周期性のある星の運行や配列を見ることで未来を予測することができるんですね。しかし私は、30年以上この研究に携わっていますが、血液型で未知の事を予言できることなど何一つないのです。わずかに譲歩すれば、過去の行動傾向からある方向への可能性を言うことは、限られた状況下においてならできる面もあり、そうした取材などに応じることもありました。しかし、占っているわけではないのです。


「血液型」の場合は、私たちの物質的な体の中のDNA情報として存在しているものであり、それがたとえ現在の科学で解明できようが、できまいが、生理学や生物学、あるいは生命学として扱って頂きたいものです。料理人が素材の持ち味を理解して美味しい料理を作るために、あるいは大工さんが、材料の性質を理解して家を建てるように、血液型の場合も、その体質・気質を理解して、それぞれの人生を創造する為の情報として活用して欲しいというのが、我々の願いです。


そもそもなぜ「血液型占い」という表現が蔓延したかと言えば、実のところ、それを広めたのは一部の学者たちと軟弱なメディアによるものです。ある時、血液型で性格うんぬんを言ってもらっては困ると考えた学者たちが、まあね、学問ではなく「占い」ならかまわないよ、とおふれを出したのです。すると「占い」として発信すれば知識人たちからの攻撃を逃れることができるとなり、メディアはこぞって"占い"という形に変形させていったというのが経緯なのです。


このことについては、「まあまあ、そんなに目くじら立てなくてもいいじゃないか」と、なだめられることもしばしばあるのですが、永く、能見正比古理論を信頼して下さっている読者のためにも、私としては、毅然とした態度を取らざるを得ません。


それはそうとして、こう書くと私が占い自体を否定しているように聞こえるかもしれませんが、そうではありません。古今東西さまざまな占いが存在しますが、どれも、人類の歴史の中でもたらされた叡智であると理解しています。現に私も、何度か友人に誘われて、西洋東洋の占い鑑定をしてもらったことがあります。その度に、「ほう、成る程、当たっている!」と驚くこと、しばしばなのです。


前振りが長くなって、思わぬ方向へ行ってしまったのですが、実は今回は、その”占い"に関する血液型の、ちょっとしたトリビアをご紹介しようと思ったのです。


占い師の集まる、ある会合でのこと。そこには十数人ほどの占い師が参加したそうですが、何と、9割がAB型だったそうなのです。あるいは「たまたま、偶然」だったかもしれませんが、とはいえ、やはり、”占い師にAB型が多い”可能性は否めません。その理由を私なりに分析してみましょう。


AB型は、日常生活では至って合理性を重視し、物事の判断も、出来るだけ不合理なことを取り除こうとする傾向が強くあります。ところが一方では、理屈では説明のつかない”神秘的”なこと、形而上的なことへの関心も、同時に高い人が多くみられます。この一見、矛盾する事柄(AB型に言わせれば決して矛盾ではないらしいですが…)については別の機会にお話しするとして、AB型が占い師に多いのも、まずは、占いという神秘的な分野に興味を抱きやすいというのがありそうです。


そして、それ自体を職業にするには、それなりの才能や資質、訓練が必要になります。ここでは個々の霊的能力はさておき、占い師に求められる資質とは何かと考えてみました。それは、言葉で説明できないものも含めた、非常にたくさんの、散りばめられた情報を統合し、分析し、そこからエッセンスを抜き出したり、バランスよく、理にかなった解釈をしたりしなければならないのでは、と想像するのです。AB型は、そうしたことが得意なのです。同じ占い方をしても、占い師によってさまざまな解釈がなされるわけですが、ここでAB型の特性が生かされるのではないかと思えるのです。


またAB型は、本人の好き嫌いとは無関係に、案外接客業は向いています。我を出し過ぎず、にこやかでサラッとした対応が、お客に好感を持たれやすいのです。占い師はある面、接客業でもありますよね。とまあこんなところが、私の分析であります。


そういえば、私もAB型らしく、昔々、綺麗な絵柄に魅せられ衝動的にタロットを買ったことがあります。せっかくなので占いに挑戦すべく、説明書を読みながらカードの意味を読み取ろうと頑張ってみました。ところがどんなにカードを眺めていても、何のインスピレーションも沸かず、見れば見るほど自分の霊能力の無さを思い知り、たった1日で諦めてしまいました。私の場合、残念ながら占い師の感性は持ち合わせていないようです。それで私は、占い師に比べたらいかんせん商売にはならんけど、自分のAB型的分析力は、血液型人間学のために使うべしと、心に決めたのです!(…なんてね)


とにもかくにも、「占い」も、「血液型人間学」も、いずれも各人の人生に役に立つのなら大いに活用すれば良いのでしょう。生きづらい世の中、それが何であれ、自分なりの拠り所を見つけて、楽しく愉快に暮らしていければ何よりなのです。ただし、「血液型占い」と表示された安直な情報にはご注意を!




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