Lesson 1   血液型っていったい何?

Lesson 2  「血液型と気質」研究の歴史

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 血液型という名称はよく知っていても、改めて聞かれると答えられる人は少ないようです。

「単に血液の問題でいったい何が分かるの?」

そんな風に思っている人もいるのですが、血液型は血の問題を言うのではありません。

 血液型は1901年、オーストリアのランドスタイナーという学者が血液の凝集反応の実験により発見しました。最初に血液中から発見されたため、血液型という名前がついたのですが、実際には、血液中はもちろんですが、筋肉、内臓器官、脳神経系、体液、骨、爪、髪の毛一本にまで全身に分布しています。特に胃では100%、腸でも30%の発現率があるのです。その事実が分かった後、学者らは「全身型」と訂正したのですが、既に「血液型」という名前が広く行き渡ってしまい、結局一般名称となってしまいました。


 ABO式血液型は、第9番染色体に位置する遺伝子ですが、血液型を分けるものは、遺伝子のアミノ酸配列の違いや転移酵素の違いで、糖鎖とも呼ばれます。

 ABO式血液型遺伝子の構造を簡単に説明すると、まずO型物質(H型物質とも呼ばれる)は全ての血液型遺伝子が持っているのですが、それを土台にするような形で、A型転移酵素がくっついたものをA型遺伝子、B型転移酵素がくっついたものをB型遺伝子、A型とB型の両方のを持つものがAB型遺伝子となります。そして、O型遺伝子は何もくっつけていません。


 最近の遺伝子研究の進歩で、血液型遺伝子と病気や体質についての興味深いデータが次々発表されています。また、当センターのこれまでの調査でも、スポーツ機能や体質気質において血液型による特性があることが分かっています。

 そうした体質的特性は、脳や心にも影響を与えていると考えられますが、どのように影響を及ぼしているのか、そのメカニズムを解明していくことも、今後の研究課題となります。

法医学会の弾圧を受けた古川研究

 血液型の発見は、世界中の科学者に驚きを与えました。ABO式血液型の発見で、安全な輸血が可能になり、たくさんの命を救うことができるようになったのです。人類にとって非常に大きな発見だったので、ランドシュタイナーの功績は高く評価され、後にノーベル賞を受賞しました。

 しかし、それだけではありません。それまでは、人間は民族や肌の色は違っても、みんな同じ成分でできていると思っていたのです。しかし、血液型という材質の違いを示すような物質が見つかったことで、新たな事実が分かったのです。これは、「輸血の他にも何か意味があるのではないだろうか?」そう考えた学者も各国にいたようで、フランスやドイツなどに一部の研究論文が残っています。ただ残念なことに、継続的な研究は行われなかったようです。


 日本で血液型と気質のことを言われ始めたのは1920年頃です。実際に調べてみようと研究を始めたのは、今のお茶の水女子大学の教育心理学者、古川竹二教授でした。古川教授は、自分の生徒数百名を対象に血液型と気質の関係を調べ、関係性を確認すると学会に発表しました。最初は、古川説を支持する有力な学者も多くいて、当時はちょっとした“血液型ブーム”だったということです。

 しかし、その後古川説は、一部の法医学会からの反撃を受けます。それは、この新しい学説に対して、学界が二分するほどの大きな論争に発展しそうになるのです。この事態を収拾するため、結局「古川説は反証された。学界では支持出来ない。今後研究は認めない」という結論を出しました。

 古川教授は無念のうちに研究を断念せざるを得なくなりました。

 古川教授の研究はまだ始まったばかりだったのでさまざまな不備があったのも事実です。しかし、実は反論側にもそれを反証するだけのデータはありませんでした。それにも関わらず、学界はなぜ安易に結論を出してしまったのか、未だに疑問が残ります。

 いつの日か、古川教授のパイオニア的業績が正当に評価される日が来る事を願いたいものです。


能見正比古が提唱した「血液型人間学」

 その後日本の学界では、血液型と気質の関係を口にする学者は居なくなりましたが、古川説の噂は、既に巷に流れていました。

 能見正比古が最初に知ったのは、中学生の頃(1940年頃)、お茶の水大学に通うお姉さんからです。姉の幽香里さんは、古川教授の授業は受けていなかったようですが、学内に残る研究の噂を聞いたのでしょう。

 能見正比古が本当に興味を強く抱いたのは、東大の学生寮にいた時だということです。その後彼は、自分なりのデータを蓄積しました。

 作家としての活動を幅広く行った能見は、多くの人間観察の機会を得られたようです。芸能界や文化界の人間関係も多く、そうした人々のユニークな人生に関わることも多かったのです。

 そんな経験が、能見正比古の血液型気質研究を更に助けることになったのかもしれません。


 能見は1971年、一般書籍「血液型でわかる相性」(青春出版社)を発表しました。それが非常に大きな反響を呼び、能見はこの研究に専念することを決意します。更に、数万件以上の実名アンケートの実施、各界各分野の血液型データの有意差検定を行い、統計調査からの科学的証明を試みます。それらは、血液型と気質の関係性をはっきりと示し、この研究の意義を再認識した能見は、「血液型人間学」を提唱しました。


 このような、能見の科学的姿勢にもとづいた分析調査は幅広い層の読者に評価され、更には作家としての人間観察力や人情味溢れる文章表現が人々に共感を与えます。こうして能見理論は、日本の人々に浸透していくことになりました。

 古川竹二教授が、パイオニアとして血液型と気質研究の始まりを創り、作家、能見正比古が新たな考えのもとに再調査を試み、基礎的研究を築いたと言えるでしょう。

 今や日本中に広がっている血液型情報ですが、その根底には、彼ら研究者たちの勇気と努力があったのです。

 

ABO式血液型物質のイメージ











 

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